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財産管理のこと

成年後見人ができないこととは?

1 成年後見人ができないこととは

(1)居所指定権

 成年後見人には、本人に対する居所指定権はありません。

 したがって、病院や施設への入所を強制することはできません。本人が入所を拒否する場合は、辛抱強く説得していく以外にありません(ただし、緊急避難として例外が認められる余地はあります)。

(2)一身専属権

 婚姻、離婚、認知、養子縁組、離縁、遺言等の身分行為の代理は、成年後見人の権限ではありません。これらの戸籍の届出も成年後見人ではなく、本人自身が単独で行うこととされています(戸籍法§32)。

 成年被後見人(本人)は、婚姻のような身分上の法律行為(身分行為)は、成年後見人の同意なしに、自ら単独で有効に行うことができます(民法§738)。これは、財産上の法律行為を行う能力(行為能力)はなくても、婚姻という身分行為の意味を理解する程度の精神能力(意思能力)は備わっていることが多い、という理由からです。

 なお、婚姻や離婚の訴訟においては、成年後見人が本人のために訴訟を行うことができます。

2 成年後見人の職務とならないものとは

(1)医的侵襲行為を伴う医療行為に対する同意権

 成年後見人は、医療契約(診療契約)を本人に代わって締結する権原を有しています。

 一方、契約した医療の中で行われる、身体に傷を付けたり生命の危険を伴う個々の行為は、医的侵襲行為と呼ばれ、医療行為ではあっても、本人の同意なく行うと違法性が阻却されず、刑法上は傷害罪が成立し、民法上も不法行為を構成することがあると解されています。したがって、医師等は本人の同意を得ることなく行うことはためらわざるを得ません。

 にもかかわらず、成年後見人には、この医的侵襲を伴う医療行為に対する同意権まではないものと解されています。これは、医療行為に対する同意は法律行為ではなく、そもそも本人以外にはできない性質を帯びた権利(一身専属権)であると考えられることなどがその理由とされています。

 もっとも、現実には自分では同意できない方が医療行為を受けられず放置される事態を避けるため、緊急避難、緊急事務管理、患者の推定的承諾法理の援用により同意のない治療行為の違法性は阻却されるとしています。

 また、予防接種や健康診断等が本人にとって必要な場合で、医療行為としての危険度も少ない場合は、後見人等が同意することも可能であるというのが最近の有力な見解です。

(2)身元引受け・身元保証

 施設へ入所する場合、あるいは病院に入院する場合には、身元引受人・身元保証人の就任を求められるのが一般的です。

 しかし、身元保証を引き受けると本人との利益相反関係が生じるおそれがあることから、後見人等が本人の身元保証人となるべきではありません。

 なお、身元保証人は主に医療費や施設利用料の支払いなど金銭に関する責任を負担するのに対し、身元引受人は本人が亡くなった際に、遺体や荷物の引取り等を求められることになりますが、契約によっては、身元引受人が保証人を兼ねていることがあるので注意が必要です。

(3)介護・看護

 本人に対する実際の介護、看護などの事実行為は成年後見人の職務には含まれません。

(4)有価証券取引

 利殖を目的として証券取引や先物取引を行ったり、リスクの伴う金融商品を購入することは、成年後見人の職務ではありません。

 投機的な運用を行い、その結果被後見人に損害を与えたときは、後見人が損害賠償責任を問われることになるほか、解任事由となることもあります。

 就任前に本人が行っていた取引に関しても、成年後見人が株式の売却などを行う必要はありません。しかし、保管している株式の価値が会社の破綻などで損なわれることが明白な場合など、売却などの措置が必要となることもあり、その場合は事前に家庭裁判所に相談することになります。

3 成年後見人ができることとは(身上監護事務と財産管理事務)

(1)身上監護事務の例

①介護契約の締結
②施設への入所契約の締結
③診療契約の締結

(2)財産管理事務の例

①預貯金の管理や払戻し
 就任以前から本人が開設していた口座については、成年後見人就任後、速やかに後見届出を行います。以後、預金払出しなどの取引は、成年後見人の届出印鑑を使用して行うことになります。

②不動産の売買や賃貸借
 本人が居住している家屋の修繕や、草刈や庭木の剪定などの家屋の管理も成年後見人の職務です。本人が自宅に戻る見込みが全くなく、建物が古くなり管理が大変で費用がかかるようになれば、売却や取壊しも検討しなければなりません。
本人がアパートなどの賃貸物件を所有している場合は、その管理も行います。賃借人からの賃料の支払がなければ、支払交渉などもしなければなりません。成年後見人が一人で行うのが大変であれば、不動産管理会社などに依頼することもできます。

③不動産に対する抵当権の設定や解除

④上記②、③に準ずる重要な財産の処分
 本人所有の居住用不動産に含まれない不動産や、その他の重要な財産を売却した後は家庭裁判所へ報告することが必要です。また、成年後見監督人が選任されているときは、その同意を得なければなりません(民法§864)。

⑤相続に伴う遺産分割協議

⑥生活に必要な物品の購入契約等
 生活に必要な物品の購入契約等(日用品の購入、その他日常生活に関する行為を含む)は成年後見人の職務に含まれます。日常生活に関する行為とは、例えば、夏物、冬物の衣料の補充、日常使用する車椅子や付属の安心ベルト等福祉器具の選定、CD・TV等趣味用品の購入などがあげられ、本人の日常生活に合わせて行うことになります。

⑦確定申告と納税
 税金の納付も成年後見人の職務となります。年金受給者は、公的年金等の収入金額の合計が400万円以下で、かつ、公的年金等以外の所得金額が20万円以下である場合は、確定申告は不要ですが、生命保険料控除や医療費控除などを受けて所得税の還付を受けるためには確定申告は必要になります。医療費には、特定の介護保険サービスや施設費用も含まれます。

⑧医療・介護費用等の公的助成
 医療費や介護保険サービス利用料の自己負担分には、本人の所得に応じて次のような各種の公的助成があります。この中には、役所の健康保険や介護保険の窓口で申請しなければ適用されないものもありますので注意する必要があります。
・入院時の食費の減額  ・介護保険施設の食費、居住費の減額
・高額療養費、高額介護サービス費の支給  ・重度心身障碍者医療費など

⑨生活保護の申請
 本人の収入が生活費を賄うのに足りなく、また預貯金や不動産などの資産もない場合、生活保護の申請を検討しなければなりません。

 成年後見人は、これらの事務に関連して必要となる法務局や税務署、役所等に対する登記申請や税務申告、要介護認定の申請等の事務(公法上の事務)も代理することができます。また、裁判所に対する訴訟行為を代理することもできます。

4 注意を要する事項

(1)居住用不動産の処分

 「居住用」とは、被後見人が現に住居として使用している場合に限らず、被後見人が現在は病院に入院していたり施設に入所したりしているために居住していないが、将来居住する可能性がある場合なども含みます。また、以前住んでいた建物を取り壊して更地になった敷地も含まれます。

 「処分」には、売却したり賃貸したりすることのほか、本人名義で借りているアパートなどの賃貸借契約を解除することや、同居の家族がリフォームなどで金融機関から融資を受け、本人名義の敷地に抵当権を設定する行為も含まれます。また、建物を取り壊すことも含まれます。

 家庭裁判所の許可を受けないと、売却などの処分は無効となり、取引相手に損害を与えることになるので注意が必要です。

(2)本人の扶養負担義務

 被後見人に配偶者や未成年の子がいて、配偶者や子の収入がないか少なく、本人の収入で生計を維持している場合は、不足する生活費については被後見人の財産から支出することができます。被後見人はこれらの配偶者や子を扶養すべき義務を負っているからです。

 もっとも、配偶者や子であっても、高価な自動車等を買い与えたり、海外旅行の費用を支出するのは扶養の限度を超えるものと考えられます。

 問題となるのは、成年に達した子の扶養義務です。子が失業し、生活保護も受給できない場合、本人の財産から支出してもよいかどうかは難しい問題であり、家庭裁判所に相談することになるでしょう。

(3)後見人、親族、知人への贈与

 被後見人の財産から親族・知人へ贈与することは、被後見人の財産を減少させる行為でもあり、被後見人の利益にはならないので、必要性や相当性が認められず、後見人の裁量の範囲を超えていると判断されることが多いようです。

 相続税対策として非課税枠を利用して被後見人の財産から親族に贈与をすることも同様です。

(4)親族への介護報酬の支払

 親族が被後見人にとって必要な介護をした場合には、一定の費用・日当の支払が認められることもあります。ただし、その金額を客観的に判断することが難しく、実際には相当額以上の支払いがされがちなので、注意する必要があります。

(5)孫等への入学祝や結婚祝等の支出

 被後見人の孫等への入学や結婚の祝いの支出も、被後見人の生活をより良くすることに直接結びつくものではないため、基本的には親族等へ贈与することと同様に、慎重に考えるべきです。

 もっとも、被後見人と入学祝等を受ける孫等との関係で入学祝等を被後見人の財産から支払うことが親族間の交流として社会的に相当と認められる場合が少なくありません。もちろん、入学祝等を支出しても将来の被後見人の療養看護に支障がないことが前提となりますが、被後見人が健常であれば入学祝等を支出したと認められるような近しい関係があり、また、その金額も常識の範囲内であれば、後見人の判断で被後見人の財産から支出をしても良い場合があるようです。