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相続・相続対策のこと

被相続人名義の預貯金の引き出し ~「使途不明金」問題とは~

1 被相続人名義の預貯金の引き出し

相続人の一人が、無断で被相続人名義の預貯金を引き出し、その預貯金の使途が不明であるというようなことは、実務ではよくある話です。

任意の相続財産管理業務を委託された場合、被相続人名義の預貯金通帳をお預かりすることがあります。その通帳の履歴を拝見させていただいたときに、相続開始直前に毎日50万円ずつ計250万円ほど引き出されていたことがあります。

そのとき、被相続人は入院中でしたから、被相続人が自分で引き出したということは考えられません。相続人は配偶者1人と前妻の娘1人(音信不通)の2人だけでしたので、カードや通帳を所持・管理していた配偶者が引き出したであろうことは容易に想像がつきます。

2 無断で引き出すとどうなる?

同じ家計であるからといって、委託も受けずに、安易に引き出しを行い、自らの生活費等に費消してしまうと、横領罪というれっきとした犯罪になります。

ただ、刑法244条の親族相盗例の規定により、被害者と加害者の間に一定の親族関係がある場合には、刑罰を免除するという特例があって、親族間で起こったことは窃盗罪や横領罪では処罰しないとされているにすぎません。

なお、親族相盗例は刑事事件でしか適用されないため、民事訴訟を起こすことは可能であり、不法行為に基づく損害賠償請求権や不当利得による返還請求権を訴訟物とした民事訴訟が提起できます。

3 「使途不明金」の問題とは

相続事件における使途不明金の問題とは、被相続人の死亡前後に、無断で被相続人名義の預貯金から金銭が引き出されていて、その金銭をどのように使用していたかが判明しない場合の処理方法についての問題です。

通常、引き出しを行ったのは共同相続人のうちの一人である場合が多く、他の共同相続人との間で紛争となることも少なくありません。中立型調整役業務に基づく遺産承継業務の受任者である私たち司法書士にとっても、利益相反等の問題もあり、これに対してどう対応していくのかは、非常に悩ましい問題です。

使途不明金とは、預貯金に限りませんが、以下、被相続人名義の預貯金から引き出された使途が不明な金銭を「使途不明金」と呼ぶこととし、それを前提にお話しすることとします。

4 相続開始前に「使途不明金」がある場合の処理方法

まず、使途不明金の処理については、引き出されたのが相続の開始前であるか開始後であるかにより処理方法が変わってきます。

引き出されたのが相続の開始前であれば、引き出しを行った相続人の主張を整理すると、次のようなものになると推測できます。

すなわち、①被相続人のために使用した、②被相続人の死後に相続債務、葬儀費用、遺産の管理費用等のために使用した、③被相続人から贈与を受けた、④被相続人から借りた、⑤自分のために使用した、等という主張が考えられます。このうち①ないし②の主張がほとんどであろうと思います。

(1)①または②の主張がされた場合で使途が明らかなケース

①または②の主張がなされた場合、それが被相続人の意思に基づいたものであり、かつ使用目的を裏付ける資料があれば、特に問題となることはないと思います。

葬儀費用、遺産の管理費用等に使用したのであれば、遺産分割協議の中で立替金等の清算の問題となり、相続債務であれば、債務は共同相続人が法定相続分に応じて負担するものですから、相続財産から差し引けば済むことです。

(2)①または②の主張がされた場合で使途が明らかでないケース

逆に、被相続人の意思に基づいたものであるかが不明であり、かつ使用目的を裏付ける資料がない場合、つまり、使途を明らかにできない場合は、次のような法律構成になると思われます。

まず、引出人に対して不当利得による返還請求権または不法行為に基づく損害賠償請求権を被相続人が取得します。そして、これらの請求権は、可分債権となりますので、各共同相続人が、法定相続分(または指定相続分)に応じて分割して相続することになると考えられます。

ただし、これらの請求権は可分債権ですから、共同相続人全員の合意があれば、遺産分割の対象とすることができます。

もし、引出人が相続人の一人であるとすれば、使途不明金の返還請求権等を引出人である相続人が取得するものとして、当該相続人は自己の債権・債務を混同により消滅させることができ、他の共同相続人は、その分、その他の遺産について相続分に応じて多くの取得割合を主張することができるようになります。

これにより、使途不明金を請求したり、返還等を行う手続きの負担がなくなり、民事訴訟手続き等による紛争に発展することも防止することができます。

ただし、使途不明金の返還請求権等以外に遺産がほとんどない場合は、この方法は使えません。また、債権の額に争いがあるような場合や、そもそも使途不明金を遺産分割の対象とすることの合意が得られなければ、遺産分割協議外で民事訴訟等の手続により相続人間で解決してもらうほかありません。

なお、巷でたびたび話題になりますが、弁護士や司法書士などの専門職後見人等である第三者がその権限の範囲を超えて被相続人名義の預貯金から引き出しを行い、自らのために使い込んだ場合は、上記と同じ法律構成となり、この場合は、引出人から任意の返還を受けるか、または民事訴訟等で解決するかになります。当然のことながら親族相盗例の規定は適用されず、業務上横領罪という犯罪にもなります。

(3)③の贈与または④の貸付などを主張された場合

③のように、相続の開始前にその金銭が被相続人の了解のもと払い戻され、被相続人の意思に基づき特定の相続人に贈与されたものであるとすれば、特別受益の問題として遺産分割協議の中で処理することもできるでしょう。

④の貸付の場合は、貸金債権として被相続人の相続財産を構成し、各共同相続人が、法定相続分に応じて返還請求を行うことになると考えられます。この場合も可分債権ですから、共同相続人全員の合意があれば、遺産分割の対象に含めることができます。

(4)⑤の自己使用を認めている場合

⑤の場合は、払い戻した金銭を遺産の範囲に加えた上、払戻者が払戻金をすでに取得したものとして分割協議を進める旨の合意を成立させることもできます。ただし、払い戻した金銭以外に遺産がほとんどない場合は、この方法は使えません。

いずれにしろ、使途不明金の問題が紛争性を帯びてきた場合は、遺産分割協議外で解決を図ってもらうのが原則です。相続人間で穏便に任意の合意が成立した場合には、その後の紛争予防の面から、その旨を遺産分割協議書の記載に含めるようにするのが望ましいと思います。合意が成立せずに、その後の遺産分割調停でも合意ができない場合は、審判で最終的な結論を得ることはできませんので民事訴訟等で解決してもらうほかありません。

5 相続開始後に「使途不明金」がある場合の処理方法

一方、引き出されたのが相続の開始後であれば、①相続債務、葬儀費用、遺産の管理費用等のために使用した、②自分のために使用した、等という主張が考えられますが、このうち①の主張がほとんどであろうと思います。

(1)①の主張がされた場合で使途が明らかなケース

先述したとおり、使用目的を裏付ける資料がある場合は、葬儀費用、遺産の管理費用等に使用したのであれば、遺産分割協議の中での立替金等の清算の問題となり、相続債務は共同相続人が法定相続分に応じて負担するものですから、相続財産から差し引けば特に問題となることはないと思います。問題になるのは、その資料がない場合、つまり使途を明らかにできない場合です。

(2)①の主張がされた場合で使途が明らかでないケース

相続開始後に被相続人の口座から使途不明金が引き出された場合は、遺産の流用という問題となり、引出人に対する不法行為責任又は不当利得返還の処理方法となります。

つまり、相続開始と同時に、被相続人の預貯金債権は共同相続人に承継されるので、それが侵害されたわけですから、共同相続人固有の権利として不当利得返還請求権等を取得することになります。したがって、相続開始後の使途不明金に係る返還請求権等は、侵害された相続人固有の権利であるので、相続財産にはあたらず、遺産分割の手続外で解決すべき問題であり、紛争となった場合は民事訴訟手続等により解決すべきこととなります。

ただし、共同相続人全員の合意があれば、その金銭を引出人である相続人への遺産の前渡しとして、遺産分割協議の中で処理することも可能です。

(3)自己使用を認めている場合

②のように、使途不明金の引出人が自己使用を認めていて、他の共同相続人も争わない場合であれば、払戻金を遺産の先取りとして分割協議を進める旨の合意を成立させることもできますが、払い戻した金銭以外に遺産がほとんどない場合は、この方法は使えませんので、同様に、引出人に対する不法行為責任又は不当利得返還の処理方法となるでしょう。

(4)相続法改正による「使途不明金」の処理

なお、相続開始後の使途不明金については、相続法改正により「遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲」として、民法906条の2が新設されました。

まず、第1項で共同相続人全員の同意によって遺産分割前に処分された財産についても遺産分割の対象財産にすることを認めています。これは、従前の実務のやり方や判例の立場を明確にしたものです。

そして、第2項では、一部の共同相続人が遺産分割前に当該処分をした場合には、遺産分割時に当該処分をした財産を遺産に含めることについて他の共同相続人の同意があれば、当該処分をした当該共同相続人の同意がなくても、これを遺産分割の対象として含めることができるとしました。

つまり、相続開始後に引き出した預貯金について、引出人である相続人が判明していること、及び当該相続人が預貯金を自己のために費消したことについて争いがなければ、他の共同相続人の全員の同意があれば、払い戻した相続人の同意がなくても、払い戻された預貯金を相続財産とみなして、遺産分割の対象とすることができるようになったというものです。

処分された遺産の種類は預貯金に限りませんが、被相続人の預貯金を払い戻したのが誰なのか不明な場合は、本条をそのまま適用することはできません。また、処分した相続人が、払い戻した預貯金を自己費消と認めない場合は、これまでどおり民事訴訟等での解決が必要になることが多いといえるでしょう。

6 使途不明金があった場合の税務上の課税関係

最後に、使途不明金があった場合の税務上の課税関係を述べておきます。まず、預貯金を被相続人が特定の相続人に貸し付けたと認定された場合は、被相続人の貸金債権として相続税の課税対象になります。

次に、被相続人から特定の相続人に対し贈与が成立していたと認定された場合は、相続発生の日から3年以内(※令和6年から7年に改正される予定)に引き出された預貯金については相続税の課税対象に含めます。それ以前の引き出しについては、暦年贈与の基礎控除を超え、かつ、無申告になっている場合は、無申告課税や延滞税などの懲罰的な税の負担も生じるようですので、ご注意ください。