1 相続を原因とする所有権移転仮登記はできますか?
相続を原因とする所有権移転仮登記という形式は存在しません(つまり、「1号仮登記」、「2号仮登記」ともに不可です)。
「1号仮登記」は、登記識別情報や第三者の許可等を証する情報を提供できないときに申請できる仮登記ですが、相続による所有権移転登記ではもともと登記識別情報の提供を要しませんし、第三者の許可を要するケースは想定できませんので、「1号仮登記」は不可ということになります。
また、相続を原因とする所有権移転請求権仮登記(「2号仮登記」)もありえません。相続人が、まだ生存している被相続人の所有不動産を取得できる見込みは、単なる事実上の見込みにすぎないためです。
2 遺贈を原因とする所有権移転仮登記はできますか?
これに対し、遺贈を原因とする「1号仮登記」は可能です。
遺贈の場合は、相続と違い共同申請ですので登記識別情報の提供が必要です。したがって、登記識別情報の提供ができない場合は、遺贈を原因とする所有権移転仮登記が申請できます。
他方、遺贈予約を原因とする「2号仮登記」という形式は存在しません。遺贈は単独行為であり、遺贈予約という法律行為はありえません。また、相続による「2号仮登記」が不可だったように、被相続人が生存している間は、遺贈請求権は発生しません。したがって、遺贈を原因とする所有権移転請求権仮登記も不可です。
なお、通達により、令和5年4月1日から相続人に対する遺贈による所有権の移転の登記手続が簡略化されました。遺言書などを提供することにより登記権利者が単独で申請することが可能になりました。
3 死因贈与契約に基づく所有権移転の仮登記はできますか?
では、死因贈与はどうでしょう?その答えは、ズバリ「1号仮登記」、「2号仮登記」ともに申請できます。
死因贈与も遺贈と同じく共同申請ですので、登記識別情報の提供ができない場合は、死因贈与を原因とする「1号仮登記」の申請が可能です。
また、死因贈与は、贈与者の死亡が効力発生要件です。したがって、死因贈与契約を締結した時点では、贈与契約の効力は生じていませんが、受贈者は死因贈与契約から生じた権利を保全するため、贈与者の死亡を始期とする「2号仮登記」を申請することができます。
なお、「1号仮登記」と「2号仮登記」の意味がわからないという方は、「不動産登記法105条1号の仮登記および同条2号の仮登記について」で解説していますので、よろしければご参照ください。
4 死因贈与契約の注意点とは?
さて、死因贈与契約に基づく所有権移転の仮登記が利用されるのは、主に「2号仮登記」だと思います。すなわち、効力発生前に仮登記をして、迅速かつ確実に受贈者へ権利を移転したい場合などの一定のニーズがあるからです。ただし、注意すべき点がありますので、以下に述べます。
死因贈与は、贈与者の死亡によって効力が生ずる点で遺贈に類似するため、その性質に反しない限り民法の遺贈に関する規定が準用されています(民法第554条)。
ところで、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合、撤回されたものとみなされます(民法第1023条2項)が、これが死因贈与にも準用されるかどうかが問題になります。
学説は、死因贈与は受贈者が贈与者の財産を取得することができる期待権を無視することができないので準用できないとする消極説と、贈与者の最終意思を尊重すべきであるから、贈与者の自由な撤回を認めるべきであるとする積極説に分かれますが、積極説が多数派となっているようです。判例も、特別な事情がある場合を除き撤回できるとしています。
そうすると、贈与者の生前に行われた仮登記と抵触する生前処分により、後順位で所有権の移転登記等がされることもありえます。
順位番号 | 登記の目的 | 受付年月日・受付番号 | 権利者その他の事項 |
2 | 所有権移転 | 平成〇年〇〇月〇〇日 第〇〇〇〇号 | 原因 平成〇年〇〇月〇〇日売買 所有者 横浜市神奈川区〇〇一丁目〇番〇号 X |
3 | 始期付所有権 移転仮登記 | 令和〇年〇〇月〇〇日 第〇〇〇〇号 | 原因 令和〇年〇〇月〇〇日贈与(始期 Xの死亡) 権利者 横浜市神奈川区〇〇一丁目〇番〇号 Y |
余白 | 余白 | 余白 | |
4 | 所有権移転 | 令和〇年〇〇月〇〇日 第〇〇〇〇号 | 原因 令和〇年〇〇月〇〇日売買 所有者 東京都〇〇区〇〇三丁目〇番〇号 Z |
もっとも、上記のような登記がされた場合でも、仮登記には順位保全の効力がありますので、Yが仮登記に基づいて本登記をした場合は、当該本登記の順位は、当該仮登記の順位によります(不登法第106条)。つまり、YはZに優先する(対抗できる)ことになります。
しかし、所有権に関する仮登記に基づく本登記をするには、登記上の利害関係を有する第三者がある場合には、当該第三者の承諾がなければ申請することができません(不登法第109条1項)。
Zは登記上の利害関係を有する第三者とされており、本登記をするにはZの承諾証明情報(印鑑証明書付)の添付が必要です。
もし、承諾を拒否された場合は、Zに対抗できる裁判があったことを証する情報が必要になりますので、そのリスクがあることを承知のうえでご利用なさってください。
5 死因贈与契約に基づく所有権移転の仮登記の申請情報
では、以下に、「2号仮登記」の申請情報(一部省略)をお見せします。
登 記 申 請 書 登記の目的 始期付所有権移転仮登記 原 因 令和〇年〇月〇日贈与(始期 Xの死亡) (※1) 権 利 者 Y (※2) 義 務 者 X 添付情報 登記原因証明情報 印鑑証明書 代理権限証明情報 課税価格 金1,000万円 登録免許税 金10万円 (※3) |
※2 権利者は受贈者、義務者は贈与者です。ただし、仮登記権利者であるYが単独で申請することもできます。その場合は、添付情報に承諾証明情報を付け加えます。死因贈与契約を公正証書で作成し、仮登記の承諾条項が含まれている場合は、添付情報に「承諾書(公正証書)」を付け加えます。この場合、仮登記義務者の印鑑証明書は不要になります。
※3 登録免許税は、課税価格の1,000分の10です。
6 仮登記を本登記にするための申請情報
次は、死因贈与の仮登記を本登記にするための申請情報(一部省略)です。公正証書で死因贈与契約を作成し、執行者の指定がある場合を想定しています。
登 記 申 請 書 登記の目的 〇番仮登記の所有権移転本登記 原 因 令和〇年〇月〇日贈与 (※1) 権 利 者 Y 義 務 者 亡X (※2) 添付情報 登記原因証明情報 登記識別情報(又は登記済証) (※3) (執行者の)印鑑証明書 (※4) 住所証明情報 代理権限証明情報 課税価格 金1,000万円 登録免許税 金10万円 (※5) |
※2 義務者は、贈与者です。執行者が司法書士に復代理申請を依頼したときは、遺言執行者の例に準じて執行者の表示は不要です。
※3 共同申請なので、登記識別情報又は登記済証の添付が必要になります。もし、紛失していたような場合は,事前通知等の不動産登記法23条所定の手続を検討することになるでしょう。
※4 印鑑証明書は、執行者の印鑑証明書です。
※5 登録免許税は、課税価格の1,000分の10です。
7 税務上の注意点
最後に、死因贈与に関する税務上の注意点を述べておきます。
(1)相続税の対象に
死因贈与は贈与契約のため相続税ではなく贈与税が課税されると思われがちですが、実は、相続税の対象になります。
死因贈与によって財産を継承した場合、通常の相続税の申告と同じように相続が発生してから10か月以内に相続税申告書の提出と相続税の納税が必要です。
また、死因贈与の受贈者が配偶者および一親等の親族以外である場合は、通常の相続と同じように相続税額の2割加算が行われることになります。
(2)不動産取得税の負担も
さらに、相続による不動産の譲渡に対して不動産取得税は課税されませんが、死因贈与による不動産の譲渡に対しては、通常の生前贈与と同じく不動産取得税の負担が生じます。ちなみに、遺贈の場合は、法定相続人に対する遺贈や包括遺贈の場合は非課税に、特定遺贈の場合で受贈者が法定相続人以外のときは課税されます。
(3)登録免許税の軽減はない
また、不動産登記に係る登録免許税は、法定相続人への遺贈が固定資産税評価額×0.4%となるのに比べ、死因贈与の場合は、受贈者が法定相続人であっても固定資産税評価額×2%となり、5倍になりますので注意が必要です。