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裁判のこと

養育費の履行を確保する

1 養育費の履行確保策

 養育費の取決めをしていたにもかかわらず、その履行がされない場合には強制執行その他の手段を用いて、履行の確保を図ることができます。

 ところで、養育費などの扶養義務等に係る定期金債権については、他の債権に比べて多くの保護策が講じられています。なぜかというと、離婚後の養育費の不払いの案件があまりに多いためです。

(1)将来発生する養育費も差押えの対象に

 強制執行は確定期限が到来したものに限りすることができるのが原則です(民執§30Ⅰ)が、養育費に関しては、一度不履行があれば、未だ確定期限が到来していない将来の養育費についても強制執行を開始することができます(民執§151の2)。

 また、給料等の継続的給付に係る債権に対する差押えの効力は、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、差押えの後に受けるべき給付にも及びます(民執§151)。

 したがって、離婚した元夫が会社員である場合、一度でも義務の不履行があれば、将来にわたる給料債権の差押えをすることができます。従来は、元夫が義務の不履行をするたびに給料債権の差押えをする必要があったところ、将来の分までまとめて強制執行が可能になりました。つまり、未払いの養育費と併せて将来分の養育費についても差押えの申立てをしておくことにより、毎月申立てをする必要はなく、実質的に養育費相当額を元夫の給料から天引きで受け取ることができるようになったということです。

(2)差押禁止範囲の縮小

 給与に係る債権は、原則としてその4分の3を差し押さえることができません(民執§152Ⅰ)が、養育費については相手方の給与(税金等を控除した残額)の2分の1まで差し押さえることができます(民執§152Ⅲ)。たとえば、未払いの養育費が100万円ある場合、税金等を控除後の給料の金額が28万円だとすると、1カ月に差押えができる金額は14万円となり、100万円に満つるまで、毎月、第三債務者(勤務先)から債権者に直接支払われるようになります。

(3)取立可能期間の短縮

 給与に係る債権等の差押えの場合、差押命令が債務者に送達されてから「4週間」が経過しなければ取り立てることができないのが原則です(民執§155Ⅱ)が、養育費については給与に係る債権等の差押えの場合であっても、その期間は「1週間」になります(民執§155Ⅱ括弧書)。

2 家庭裁判所による履行確保

(1)履行勧告(家事§289Ⅰ・Ⅶ、人訴§38Ⅰ・Ⅳ)

 履行勧告とは、審判や調停で定められた義務を履行しない者に、権利者の申出により家庭裁判所が履行を勧告する制度です。
履行勧告の申出は、口頭や電話でも可能で、費用もかかりません。
義務者が勧告に応じない場合、履行を強制することはできませんが、「裁判所からの勧告」という意味で一定の心理的効果が期待できます。

(2)履行命令(家事§290Ⅰ・Ⅲ、人訴§39Ⅰ・Ⅲ)

 履行命令とは、審判や調停で定められた義務を履行しない者に、権利者の申立てにより家庭裁判所が履行を命ずる審判です。(財産上の給付に限定)。
義務者が正当な理由なく命令に従わないときは、10万円以下の過料に処せられます。
 申立てに必要な費用は、印紙代500円と予納郵券代(裁判所により異なる)です。履行勧告と違い、金銭の支払その他の財産上の給付を目的とする義務の履行を怠った場合に限られることから、あまり利用されていないようです。

3 民事執行法による強制執行

(1)債権執行(直接強制)

 管轄裁判所は、一般的には、相手方(債務者)の住所地を管轄する地方裁判所です。
 民事執行法151条の2の養育費などの扶養義務等に係る定期金債権を請求する場合の要件は次のとおりです。

①有効な債務名義が存在する
②債務名義の中に養育費の定めがあり、毎月定期的に支払いを受けることになっている
③取決めどおりの履行がされていない
④債務者(相手方)が第三債務者に対して有している債権は、給料などの毎月定期的に支払われるものである

 また、強制執行するためには、債務名義の正本が必要となり、執行文が必要なものについては執行文の付与を受けていることが必要になります。

(2)転付命令

 転付命令とは、支払に代えて券面額で差し押さえられた金銭債権を差押債権者に転付する命令をいいます(民執§159Ⅰ)。

 「転付」とは、債権譲渡のことだと思ってください。債権者が甲、債務者が乙、第三債務者が丙の場合、差押債権者甲の申立てにより、支払に代えて券面額で差し押さえられた金銭債権を甲に転付する命令が発せられ、それが確定すると、丙に対する債権者は甲になります。

 したがって、転付命令が第三債務者に送達されるときまでに、転付命令に係る金銭債権について、他の債権者が差押え、仮差押えの執行または配当要求をしたときは、転付命令は、その効力を生じません(民執§159Ⅲ)。転付命令は、債務者乙の債権を債権者甲が独占的に取得をする仕組みですから、他に債権者が登場すると不可能になるからです。

 なお、差し押さえられた金銭債権が、給与や退職金など差押禁止部分を含む債権である場合は、転付命令は、確定し、かつ、債務者に対して差押命令が送達された日から4週間を経過するまでは、その効力を生じませんが、差押債権者の債権に養育費などの扶養義務等に係る定期金債権が含まれるときは、転付命令は、その確定のみによってその効力を生じます(民執§159Ⅵ)。

 転付命令が効力を生じた場合においては、差押債権者の債権および執行費用は、転付命令に係る金銭債権が存する限り、その券面額で、転付命令が第三債務者に送達されたときに弁済されたものとみなされます(民執§160)。

 したがって、第三債務者が無資力となったとしても、転付命令に係る金銭債権が存する限り、弁済されたものとみなされます。つまり、第三債務者の無資力の危険は差押債権者が負担することになります。

 このため、実務上よく活用されるのは、第三債務者の無資力の危険性が低い預貯金債権です。特に定期預金は満期前解約の問題があるため、転付命令を検討する価値はあります。ただし、第三債務者(=銀行)に反対債権がある場合、相殺される可能性もあるので、慎重に検討する必要があります。

(3)間接強制(民執§167の15、16)

 養育費などの扶養義務等に係る定期金債権については、強制執行の特則として間接強制の方法によることができます(民執§167の15Ⅰ)。債務を履行しない義務者に対し、一定の期間内に履行しなければ、本来の債務とは別に間接強制金を課すことで、義務者に対し心理的な圧迫を加え、自発的な履行を促すものです。

 債務者の勤務先が不明の場合や資産の把握ができない場合などは効果的な手段になり得ます。ただし、債務者が、支払能力を欠くためにその金銭債権に係る債務を弁済することができないとき、またはその債務を弁済することによってその生活が著しく窮迫するときは、間接強制の決定がされないこともあります(民執§167の15Ⅰ但書)。

 間接強制は債務名義によって執行裁判所が異なり、①和解・調停調書の場合は和解・調停が成立した裁判所、②金銭の支払いを命じる審判の場合は第1審の家庭裁判所、③公正証書場合は債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所です。