M&Aの代表的なスキームについて、それぞれのメリット、デメリット、注意点を解説します。
(1)株式譲渡
事業譲渡や組織再編と比べて、対象会社(譲渡希望企業・売り手)への許認可にも影響がなく、最もシンプルに支配権を移転させることができるので、実際のM&Aにおいて広く活用されています。
◎ メリット
・手続が簡便
・対象会社はそのままの状態であり、原則として許認可に影響がない
・株主の手取を最大化できる場合が多い
● デメリット
・不要な資産や事業も引き継ぐ
・簿外債務などのリスクも引き継ぐ
・他の再編に比べ、買収資金が多額になる場合がある
▲ 注意点
・公正取引委員会への事前届出が必要になる場合がある(独禁法§10Ⅱ)
(2)事業譲渡
株式譲渡と異なり、対象会社の事業の一部のみを承継することができます。特定した資産・負債・契約等だけが承継対象となるので、潜在債務の承継を遮断できますが、譲渡対象となる全ての契約の相手方から個別の承諾を得る必要があります。また、許認可がある場合には、原則として買い手側で新規に取得する必要があるため、手続はやや煩雑になります。
◎ メリット
・事業の全部又は一部の譲渡、承継ができる
・簿外債務などの承継リスクを分離
・必要な事業のみの承継となるため、株式譲渡と比べ買収資金を抑えることができる
● デメリット
・資産、負債、権利義務の承継手続が煩雑で、一定の時間がかかる
・許認可の承継は、原則としてできない
・従業員の承継には個別同意が必要
・消費税が課される
・詐害行為取消のおそれがある
▲ 注意点
・公正取引委員会への事前届出が必要になる場合がある(独禁法§10Ⅱ)
・個別の資産移動につき登録免許税・不動産取得税が課される場合がある
(3)吸収合併
対象会社の事業を完全に支配する方法の1つですが、対象会社が保有していた許認可の引継には、別途、許可申請が必要となる場合が多く(通関業法§11の2Ⅳ、廃棄物処理法§9の6)、許認可が消滅する場合があることもあります(建設業法§12、労働者派遣法施行規則§4Ⅱ)。対象会社と買い手の社員の労働条件をM&Aの実行後に統一する必要があります。
◎ メリット
・企業規模拡大によるスケールメリット
・重複部門統合によるコスト消滅
・一定の要件を満たせば、対象会社の繰越欠損金を承継
● デメリット
・簿外債務も包括承継する
・債権者保護手続など一定の時間がかかる
・対価を株式とする場合は再編後の買い手の株主構成に留意
・企業文化融合の問題
▲ 注意点
・公正取引委員会への事前届出が必要になる場合がある(独禁法§10Ⅱ)
・個別の資産移転について登録免許税の課税あり
(4)会社分割
事業譲渡と同様に、対象会社の事業の一部のみを承継できます。事業譲渡とは異なり、包括承継であるため、契約の相手方や労働者の個別の承諾が不要という手続上のメリットのほかに、消費税がかからないなどのメリットがあります。
◎ メリット
・事業の全部又は一部の譲渡、承継できる
・事業譲渡と比べ、資産、負債、権利義務の承継が簡便
・必要な事業のみの承継となるため、株式譲渡と比べ買収資金を抑えることができる
● デメリット
・許認可の承継は、原則としてできない
・簿外債務の承継リスクあり
・労働契約承継法に基づく手続や、債権者保護手続に一定の時間がかかる
・対価を非上場株式とする場合、現金化が困難
・分割後の対象会社(分割会社)の採算性について検討する必要性あり
▲ 注意点
・公正取引委員会への事前届出が必要になる場合がある(独禁法§10Ⅱ)
・個別の資産移動につき登録免許税・不動産取得税が課される場合がある
(5)株式交換
対象会社の事業を完全に支配する方法の1つです。株主総会の特別決議をもって、100%支配権を得ることが可能なため、株主が多数で株式譲渡が煩雑な場合や、株主全員の合意が得られない場合に有効といえ、また、対象会社の許認可も消滅しないメリットもあります。
◎ メリット
・原則として許認可に影響がない
・完全子会社とするための手法として利用できる
・対象会社と買い手(完全親会社)が別法人として運営が可能
・買い手の株式を対価とすれば、資金調達が不要
・特別決議をもって100%取得が可能
● デメリット
・株式譲渡と比べると手続が煩雑で時間がかかる
・簿外負債を間接的に引き継がざるを得ない
・対価を株式とする場合には、再編後の買い手の株主構成に留意
▲ 注意点
・公正取引委員会への事前届出が必要になる場合がある(独禁法§10Ⅱ)
(6)その他
上記以外にも、株式移転、新株発行・自己株式処分、自己株式の取得の方法があり、また、複数のスキームを組み合わせることも多くあります。
売り手が事業の一部のみを譲渡したい場合には、売り手が分社をしたうえで譲渡を行う「会社分割+株式譲渡」のスキームが。対象会社で所在不明株主がいる等、株主の問題がある場合には、株式移転をしたうえで株式移転完全親会社の株式を譲渡する「株式移転+株式譲渡」のスキームなどが用いられることが多いです。